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瀧川鯉斗の生い立ちと家族構成まとめ!ドラマ“タイガー&ドラゴン”のモデルだった?

瀧川鯉斗

2019年名古屋市出身の落語家としては、三遊亭圓丈以来41年ぶりに真打に昇進した瀧川鯉斗さん。

甘いマスクから女性からの人気も高く、高座には若い年代の観客も増えているそうです。

そんな瀧川鯉斗さんですが、2023年6月に日本テレビ系「アナザースカイ」に出演し、再度注目を集めました。

今回は瀧川鯉斗さんについて

  1. 瀧川鯉斗の生い立ちと家族構成まとめ!
  2. 瀧川鯉斗の生い立ちはドラマ“タイガー&ドラゴン”のモデルだった?

を確認していきたいと思います。

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目次

瀧川鯉斗の生い立ちと家族構成まとめ!

瀧川鯉斗さん
出典:スポニチ

瀧川鯉斗さんは、父親が転勤族(大手電子機器メーカー)の為

  • 名古屋生まれ
  • 東京
  • 札幌(3歳~小学3年生迄)
  • 名古屋(~17歳頃迄)

といろんな土地で青春時代を過ごしたそうです。そして名古屋に戻った小5の時には

小5くらいからグレ始めて、みんなが教室でテストを受けているのに僕は抜け出して画鋲で耳にピアスを開けたりしてました

日刊ゲンダイ

ただ家族の中(4兄弟)の中でグレたのは鯉斗さんぐらいだったそうです。実はよい家庭に育っているエピソードがあります。

僕の父は大手電子機器メーカーに勤めるまっとうなサラリーマン。父は全国転勤があるし、仕事が忙しくて、子育ては母と母方の親戚に任せていました。

母方の祖父が大工で、僕はおじいちゃん子。小さい頃は釣りに行ったり、現場に連れて行ってもらって大工の真似事などして遊んでいましたね。

日刊ゲンダイ

父親は大企業、母親は専業主婦、母型の祖父が大工と平均的なサラリーマン家族の中で良い環境で育っていると言えるでしょう。

中学に上がると”金髪・ロン毛で学生服も改造”悪目立ちするようになっていたそうです。そして家を抜け出して遊びに行くようになったと言います。

一方で、中学時代はサッカー選手としても活躍していて、”中2のときに愛知県代表に選ばれた”という実力の持ち主だったので、昼はサッカー、夜は暴走族へとのめり込むようになったそうです。

ただ、暴走の方が楽しくなっていき、あるタイミングで暴走族一筋となったそうです。

瀧川鯉斗さん
出典:デイリー新潮

気が付いたら名古屋で有名になっていたんです。15歳で「総長」になって17歳までやりました

日刊ゲンダイ

それから高校については

「母に“高校だけは”と懇願されてワルが集まる高校へ。でも入学初日に喧嘩して退学に……。

高校を辞めてからはこのままじゃダメだと思って17歳のときに東京に出てきました

日刊ゲンダイ

サッカーでのスポーツ推薦も素行の悪さから貰えず、志望校も不合格に、唯一合格できたのがワルが集まる学校だったでそうです。

その後、明確な目標は無かったものの、おぼろげながら役者を志していたそうです。ですがすぐになれるはずもなく、始めたのがアルバイトでした。

新宿にあった赤レンガというレストランの厨房でアルバイト

ここでのアルバイトが人生を変えるきっかけになります。実は、その店で瀧川鯉昇師匠が年に2回独演会をやっていたので、独演会を見た際に、すぐに弟子の申出をしたそうです。

そしたら『まず寄席を見に行ってみなさい。そこがおまえの仕事場になるんだから。それでいいと思ったら、また来なさい』と言われまして。で、すぐに行きました。18歳のときでした

日刊ゲンダイ

こんなストーリーがあるんですね。たまたまやっていたアルバイト先が独演会をやる場所だったとは・・。人生はやはり出会いが大切であることがわかりますよね。

家族構成について

瀧川鯉斗さんのご両親は、4人の子供を授かり、

「兄、姉、本人(瀧川鯉斗さん)、弟」の4兄姉弟の3番目であることを本人が話されています。

暴走族の総長のように少し道を外れた兄弟は鯉斗さんぐらいで、あとのご兄弟は一般的な家庭の子供だったようです。

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瀧川鯉斗の生い立ちはドラマ“タイガー&ドラゴン”のモデルだった?

出典:Hulu

子供の頃に両親が借金を苦に自殺し、「笑い」を忘れて生きてきたヤクザの山崎虎児は、ひょんなことから浅草で落語家の林屋亭どん兵衛の高座を聞いて感動し、弟子入りを志願する。

ウィキペディア

「暴走族の総長」と「ヤクザ」で設定こそ違えど、なんか似ている環境ですよね。

瀧川鯉昇に入門し”鯉斗”となったのが、2005年。ちょうどその時にTBS系で放送されていたのが

ドラマ“タイガー&ドラゴン”

この時点でモデルが鯉斗さんではないのは明らかなのですが、似ている環境から、

ドラマには兄弟子役で(春風亭)昇太師匠(59)も出演された。

そういうこともあって、「長瀬さんの役柄のモデルは鯉斗じゃないか」と楽屋で噂になったんです。

デイリー新潮

とのこと。また現実世界の中でも

新幹線がホームに入ってきて、シューッとドアが開くじゃないですか。

その時に両手広げて一般のお客さんを止めて、「師匠、どうぞ!」ってやったら、

小遊三師匠「俺はヤクザじゃねんだからな! 芸人は一番後だ」と。そういうことも教わりましたね、

ありがたいです。――「タイガー&ドラゴン」そのままである。

デイリー新潮

なんかもうモデルと言っても良いのかも知れませんね。

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まとめ

瀧川鯉斗さんの生い立ちいろいろあったんだなぁと感じました。ただこうして現在は更生したどころか、落語の真打にまで成長する姿はご両親にとっても嬉しいでしょうね。(父親は真打になる3年前に他界)

瀧川鯉斗さんのこれからの活躍を祈念したいと思います。また一度、高座も見てみたいと思います。

今回も最後までお付き合い頂きまして有難うございました。

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