2023年2月のテレビ東京系「カンブリア宮殿」に出演した相模屋食料株式会社 代表取締役社長の鳥越淳司さん。
2002年に入社し、当時年商28億円だった企業を、グループ全体で年商320億円を超えるまでに成長させ、注目されている経営者のひとりです。
今回はそんな鳥越淳司さんについて
- 鳥越淳司(相模屋食料社長)wiki経歴プロフィール!
- 鳥越淳司(相模屋食料社長)目標は年商1,000億円?
を確認していきたいと思います。
鳥越淳司(相模屋食料社長)wiki経歴プロフィール!
鳥越淳司社長は、2007年に代表取締役となりますが、入社は2002年度です。なぜ短期間で代表取締役になったのでしょうか。
現在の代表取締役会長 江原 寛一さんの三女と結婚したことをきっかけに、相模屋食料に入社した経緯があります。
入社した時には将来の代表取締役社長を継いでいくことが既定路線だったようです。
鳥越淳司さんのプロフィールを確認しましょう。
- 名前:鳥越淳司(とりごえじゅんじ)
- 生年月日:1973年9月15日
- 年齢:49歳(2023年1月現在)
- 出身地:京都府
- 血液型:A型
- 大学:早稲田大学商学部卒
- 趣味:機動戦士ガンダム
大学卒業後の1996年に雪印乳業に入社をします。
前職は雪印乳業におり、勤務地として配属され群馬にやって来ました。
雪印の新入社員時代は、皆と同じように『本社で大きな仕事して出世したい』という夢を持っていましたが、
客観的に見ると地方の支店は出世コースではないことが分かりました。
少し冷めた目で本社を見るようになり、夜は居酒屋で愚痴をこぼしていました。
など酔った勢いでくってかかったそうですが、取引先の購買担当者であったフレッセイの社長さんから、
『そこまで言うのだったら、自分でやってみたらいいじゃないか』と言われたそうです。
「なるほどそうか、自分で経営をしてみたい」と考えるようになりました。
そして、当時、雪印の営業として乳製品を扱っていたので、フレッセイの社長に売り場の活性化を提案し、他社商品も
巻き込んだプロモーションを展開の時、隣で豆乳を販売していたのが”後に妻となる創業家の三女”だったそうです。
そしてフレッセイの社長から紹介して頂いたのが相模屋との縁でした。
雪印乳業の食中毒事件がきっかけ
2000年に雪印で食中毒事件が起こり、現地の大阪に駆け付けお客様のところに謝罪して回ったそうです。
そして食品メーカーの人間として責任があると思い、この一件が落ち着くまでは逃げたくないと考え、
それから2年後に「メグミルク」という新しいブランドで出直すことが決まった時に、これで役目は果たせたのかなと思い、雪印を退職したそうです。
その後、2002年に相模屋に入社します。この時の経験が鳥越社長の考え方の大きな転換期となったようです。
とお話しされています。そして相模屋食料に入社してから
- 午前1時から工場に入って豆腐作りから始める
- 誰も教えてくれない
- 中小企業は誰も教えてくれないが、逆に自分で深いところまで実践できる可能性があるのは良い点
- 職人の世界は、独特の感性で伝えるので理解するのが難しい
「こうするだろう。するとボワーっと上がってくるだろう」って言われても初心者は分からなかった - そうこうしながら、自分で豆腐屋を開けるくらいにまでなった
責任を取るには自分自身で把握してなぜそうなったのかを理解しておくことが大切ということなのでしょう。
鳥越淳司(相模屋食料社長)目標は年商1,000億円?
鳥越社長が入社した2002年は、相模屋食料の年商は約28億円だったそうですが、2021年度の売上は327億円まで伸長しています。
鳥越淳司さんが代表取締役になられたのは、2007年。約15年間で10倍以上の売上までになるにはどのようなことをしたのでしょうか。
その理由は大きく2つあるように感じます。
理由①
人気アニメ「機動戦士ガンダム」にちなんだ「ザクとうふ」やフレッシュチーズのような味わいの「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」など、マーケティングからターゲットを絞り一点突破、一心不乱にやってきたことがその理由にあげられます。
ザクどうふで3つの”初”を達成させたそうです。
①初めて30~40代男性がおとうふ売場に殺到!?
②初めて何もつけずにそのままおとうふを味わう!?
③初めて1機(1丁)を“ひとりで”まるごと食べる!?
プレミアム豆乳「豆乳クリーム」を使って、濃厚でコクのあるクリーミィな味わいに仕立てたおとうふ。
今までの豆腐にない新しい食感と味わいを実現しています。
数々のヒット商品を世に送り出してきた結果、相模屋は10年間で売上高5倍という急成長を成し遂げたそうです。
見てるだけでわくわくする商品ですよね。食べたくなりますし、豆腐ということで罪悪感がないのもよいですね。
理由②
成長力のひとつは赤字に陥った同業他社をグループ化していること。そして、グループ化した企業を黒字化にもっていっているところがあげられます。
- 2012年5月:株式会社デイリートップ東日本を子会社化
- 2014年1月:株式会社秀水を子会社化
- 2014年2月:株式会社群糧を子会社化
- 2017年10月:石川サニーフーズ株式会社を子会社化
- 2017年12月:日本ビーンズ株式会社を子会社化
- 2019年 7月:株式会社京都タンパクを子会社化
- 2019年9月:株式会社丸山商店を子会社化
- 2022年3月:もぎ豆腐店株式会社を子会社化
- 2023年2月:株式会社日の出を子会社化
再生案件は簡単なことではなく、いつも最初に現地に足を踏み入れる瞬間会社の雰囲気は暗く、飲まれないようにどうやって明るくするかいつも考えているそうです。
出来ないことはそのままにしておけばいいので、出来ることから始めようと伝えますが、何故か出来ないことばかり言ってきます。仲間内で謝っても仕方なく、時間の無駄です。
「今日は何が出来た。良かったね」と「良かった探し」をする方が場が明るくなります。
未練は捨てて、無駄なものは思い切って捨てよう。そんな話をすると皆いろんなものを捨て始めます。
するとどんどん管理コストも下がります。品物もシンプルに流れてくるようになり、品質も安定します。
そこで「美味しいものを作ろう」「今日は美味しい豆腐が作れたかどうか」だけを考えて仕事しようとなります。
その結果、美味しいものを安定させようとし出します。必然的に歩留まりも良くなり、生産性は高くなる、
卵が先か鶏が先かではなく、役割はどちらが先か明示すること。
これだけ多くの同業他社を再生させることは並大抵のことではできませんよね。事業再生を本業としてやっていくこともできてしまようなレベルだと感じます。
こうした丁寧な取組の積み重ねが業績改善の下支えとなっていることがわかりました。
そして、年商28億の時に掲げたのが年商1,000億円!当時は夢物語に聞こえたかもしれませんが、ここまでくると現実を帯びてきていますよね。凄腕社長です!
まとめ
相模屋食料株式会社の鳥越社長の凄さを感じることができました。今ままでいただいていた美味しい商品がさらに増えることを一ユーザーとして期待したいですね。
今回も最後までお付き合い頂きまして有難うございました。