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藤田哲也(気象学者)の経歴と家族(嫁と子供)の現在は?考案した藤田スケールとは?

2023年2月のフジテレビ系「奇跡体験!アンビリバボー」にて特集された気象学者だった故・藤田哲也さん。

ダウンバースト(下降噴流)とトルネード(竜巻)の研究における世界的権威として知られ、その優れた業績から Mr. Tornado(ミスター・トルネード)と呼ばれる存在でした。

今回は藤田哲也さんについて

  1. 藤田哲也(気象学者)の経歴と家族(嫁(妻)と子供)の現在は?
  2. 藤田哲也(気象学者)が考案した藤田スケールとは?

について確認していきたいと思います。

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目次
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藤田哲也(気象学者)の経歴と家族(嫁と子供)の現在は?

藤田夫妻
出典:SmartFlash

藤田哲也さんの妻は「すみ子」さんと言います。写真左側の方です。藤田哲也さんとすみ子さんの間には一人息子「和也」さんがいます。

和也さんは1952年生まれ(哲也さん32歳の時の子供)で後にミシガン州立大学の地質学の教授として活躍されました。

父子でアメリカの権威ある大学の教授(父はシカゴ大)を務められたので素晴らしい親子と言えるでしょう。

現在和也さんは71歳(2023年2月現在)となりますが、現在続けていらっしゃるかどうかは確認できませんでした

藤田哲也さんの経歴

  • 1920年(大正9年): 福岡県企救郡曽根村(現在の北九州市小倉南区)にて生誕
  • 1939年(昭和14年): 小倉中学校(現在の福岡県立小倉高等学校)を卒業。在籍時に第一回理科賞を受賞

そして嬉しいのは、博士の受賞歴の一番最初に、母校旧制小倉中学(現・小倉高校)の第一回理科賞が挙げられていることですね。

第一回ですから、秀才、藤田少年のために設けられた賞なのかもしれません。受賞歴の中でも、ピカピカに光っている。

https://www.ncbank.co.jp/corporate/chiiki_shakaikoken/furusato_rekishi/kitakyushu/018/01.html
  • 1943年(昭和18年): 明治専門学校(現在の九州工業大学)工学部機械科を卒業
    同時に、同大学で助手、物理学助教授に就任
  • 1945年(昭和20年): 広島および長崎への原爆投下を受けて、それらの被害調査に派遣
    この時に撮影されたと見られる写真37点と撮影場所などを記した地図5枚が2013年3月に発見され、遺族は写真を長崎原爆資料館に寄贈。

*写真は原爆投下の11日後から撮影されており、爆心地を捉えたものとしては3番目に古い。
真夏の炎天下に3日間で調査を行い、樹木の倒れ方や焦げ方、墓地の花受けの竹筒の焦げ方の角度から、
直下地点 (グラウンド・ゼロ) での爆発の高度を地上約520メートルと推定

  • 1953年(昭和28年): 東京大学で博士号を取得
    同年よりシカゴ大学の教授から招聘され、渡米。同大学の気象学客員研究員
  • 1957年(昭和32年): ノースダコタ州のファーゴ市で発生した強い竜巻について、渡米後の初調査として行う
  • 1965年(昭和40年): シカゴ大学教授に就任
  • 1965年(昭和40年): 九州工業大学の「第二回嘉村賞」を受賞

嘉村賞とは 明専第一回生で、アメリカ留学を経て、母校の教壇に立ち学長にいたるまで、三十六年間大学の発展に寄与した嘉村平八(かむらへいはち)(明治23年~昭和42年・1890~1967)を記念する賞で、顕著な科学業績をあげた九工大関係者に贈られる名誉の賞。

  • 1968年(昭和43年): アメリカ市民権を取得
  • 1971年(昭和46年): 竜巻の規模を示す Fujita-Pearson Tornado Scale (F-Scale) を考案
  • 1975年(昭和50年): ジョン・F・ケネディ国際空港で発生した航空機事故の調査、ダウンバースト研究を本格化
  • 1976年(昭和51年): ダウンバーストの存在を実証。大竜巻の中に子竜巻があって、メリーゴーラウンドのようにぐるぐる回る二重構造の「親子竜巻」を論文で発表
  • 1979年(昭和54年): ドップラー・レーダーによりダウンバーストが予測可能であることを立証
ドップラー・レーダー
各空港に設置されているドップラー・レーダー
  • 1983年(昭和58年): ダウンバーストの存在について論争が続いていたが、レーガン大統領の専用機エアフォースワンが着陸した6分後にダウンバーストが発生し、格納庫が破壊された事故が発生
    米空軍が対策を講じる過程で、ダウンバースト論の正当性が認められた
  • 1989年(平成元年): 気象学界のノーベル賞と呼ばれるフランス国立航空宇宙アカデミー賞・金メダルを授与

飛行機好きの博士は、話題の超音速機コンコルド送迎のおまけ付きで、機長室に座れてご満悦の写真も。

コンコルドのコックピットの藤田哲也さん
出典:生誕100周年レポートより
  • 1990年(平成2年):日本気象学会藤原賞受賞
藤原賞
  • 1991年(平成3年): シカゴ大学名誉教授となる (「チャールズ・E・メリアム特勲名誉教綬」の特勲を授かる)。
    勲二等瑞宝章を受章
勲二等賞
  • 1998年(平成10年)11月19日: 糖尿病により自宅で死去。享年78

藤田哲也さんの功績は世界で賞賛されており、現在航空機が世界一安全な乗り物として認知されているのは藤田哲也さんの発見があってこそと言われています。

航空安全に大きく貢献した藤田哲也博士は、「ミスター・トルネード」と愛称されるようになった

  • 「Fスケール」の提唱
  • 「竜巻の2重構造」の発見
  • 「ダウンバースト」の発見

など、数々の気象学上数多くの成果を上げ、竜巻被害を減少させました。

その代表的な出来事が今回、フジテレビ系「奇跡体験!アンビリバボー」でも紹介された

1975年にジョン・F・ケネディ国際空港でイースタン航空66便着陸失敗事故が発生した際の調査結果でしょう。

イースタン航空事故
出典:wikiwand

1975年にジョン・F・ケネディ国際空港でイースタン航空66便着陸失敗事故が発生した際、

当初この事故はパイロットの操縦ミスが原因であるとの結論

しかし、それに納得のいかなかった航空会社が藤田に事故原因の再調査を依頼

藤田は、空港付近でごく短い時間に強い下降気流が発生したことを突き止め、
その発生プロセスを解明し、旅客機の墜落はこのダウンバースト(下降噴流)に起因すると指摘

その後、ダウンバーストはドップラー・レーダーを使用することで、事前にある程度の予測が可能であることを立証

世界各地の空港にドップラー・レーダーが配備された

本当に世界を変える発見をした日本が誇る気象学者と言っていいでしょう。

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藤田哲也(気象学者)が考案した藤田スケールとは?

藤田哲也さん

藤田哲也さんが発見した「藤田スケール(Fスケール)」とはどのようなものなのでしょうか。

藤田スケール=竜巻(トルネード)の強さを評定するための尺度

です。一覧表は以下の通りです。

F(フジタ)スケール
竜巻の被害スケール、藤田哲也博士が提案。竜巻の強さを示す国際的尺度、被害長・被害幅と伴にデータ化

Fスケール
出典:https://janet-dr.com/060_event/20191019/191019_103_jawa.pdf

被害想定のイメージ(F0)

F0

被害想定のイメージ(F1)

F1

被害想定のイメージ(F2)

F2

被害想定のイメージ(F3)

F3

被害想定のイメージ(F4)

F4

被害想定のイメージ(F5)

F5

「F0」以外はもうそのまま住み続けることが困難なレベルにあると言えます。もの凄い破壊力です。

JEFスケール
改良藤田スケール(日本版)2016年から気象庁が運用。日本の家屋に特化した尺度

JEFスケール
出典:https://janet-dr.com/060_event/20191019/191019_103_jawa.pdf

竜巻は日本で最近では起こるようになってきていますが、最高でもJEF3までの発生でまだJEF4 ・5について観測されていません。観測されないことに越したことはないですよね。

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まとめ

藤田哲也さんは自然気象において、人間が継続的に生活していく上で大きな発見をし功績を残されました。

こうした偉人のおかげで私たちは安全・安心に暮らせていけるということなのでしょう。

最後までお付き合い頂きまして有難うございました。

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